宇宙のコスミで

13の月の暦、アーユルヴェーダ、呼吸法、シンギングボウル。いろいろ学んでいることについて、または日常のあれこれについて、マイペースで語るブログです。どなた様もごゆるりと^_−☆

一年経ちました

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去年の三月、福岡から千葉に引越してきてからちょうど一年経ちました。

私にとって福岡は、生まれ故郷でこそないけれど9歳から25歳までの青春ど真ん中(笑)&46歳から49歳までの中年ど真ん中?(爆)を過ごした特別な場所。


だけど気づけば千葉暮らし歴(29歳から46歳まで&去年〜)も福岡に次ぐ長さになっていて、言うなれば東京生まれの福岡育ち、今じゃすっかり千葉県民^^;


住めば都とはよく言ったもので、引越し当初は何かと気になっていた今の住まいにもちゃんと馴染みましたことよ。


最寄り駅まで近いとは言えず、間取りも狭く建物自体ぶっちゃけ安アパートなんですが(ぶっちゃけすぎ!笑)、所詮賃貸ですからね、多くを求めても仕方ないと割り切ったらそれなりに快適な生活ができるもんです。


でもホント、去年の今頃はキツかったなあ!

肉体的な(引越しによる)疲れだけでも相当でしたが、メンタルがそれに輪をかけてぼろぼろでしたから。


2年半住んでいた西新(福岡市)があまりにも快適な場所だったこともあり、そこと比べてはため息をついてしまうような後ろ向き加減でしたし、何と言っても20年ぶりに再会できた旧友たちとの別れが切なくて、関東にも大切な友人はいるのに殊更に福岡を懐かしんでしまうダメダメセンチメンタル(^◇^;)

福岡の職場(バイトだけどね)のことも必要以上に美化して思い出したり、息子の中学校で何故か色々任されてしまったお役目のことすら「充実していたなぁ」なんて振り返ってみたり、客観的にみたらまさに「思い出は美しすぎて」ですよ、我ながらアホやなぁ。


で、そのアホの家の中では休職明けの旦那が荒れまくっていました。


彼にしてみれば職場復帰してまだ間も無くて、再び環境が変わった中でどんどん残業や出張が増え、それこそ心身共にしんどかったはず。 

頭では理解していても、自分のことで精一杯というか。


いやしかし、酷かったんですよ旦那も。

何しろ引越し当日(荷物が入る日)の準備が何もできていなかったんです、レンタル家電(洗濯機と冷蔵庫とレンジ)の返却すらしていなくて、二か月近く単身住まいをしていた旦那の荷物は整理もされず随所に散らばりまくり、何故か自転車が外に3台、家の中に2台あって(そのあとまた一台届いた)、本人は出張中でつかまらず。

福岡からの荷物が来る前にレンタル家電を出さないとどうしようもないのに、そこの連絡先がわからない。


疲れた身体に鞭うって様々な旦那の荷物をなんとか片付けながら、やっと電話に出た旦那にレンタル家電のことを話すと逆ギレされました…あんまり思い出したくないくらい辛い日々の始まりでしたよ( ;  ; )


自分で言うのもなんですが、私わりと忍耐強いほう。

喧嘩は苦手、大声嫌い、人の話は最後まで聞くタイプ、笑


ですからね、旦那にもケンカ腰で話したりしてないんですよ。

なんで?どうして?という思いは隠せなかったけども。

引越しの日取りが分かっていて、最低限やっておかないとどうにもならないことはハッキリしていて、そりゃ忙しくて余裕がなかったんだろうけど家電くらいは返しておいてもらわないと無理じゃん‼︎と思いましたから。

前もってメールでも期日までに返却頼みます、とお願いしておいたくらいでしたし。


レンジぐらいならどうにでもなります。

問題は洗濯機と冷蔵庫。

引越し経験者ならわかりますよね…前日までには中身を空にして電源を抜いておかないといけないし、っつうか、そんなもんあったらレンタルじゃないやつ(自前の家電)が入るスペースないっしょ‼︎

そげな豪邸やないっちゃけんっ‼︎


あ、つい思い出して興奮^^;


ま、それでも怒りをぐっと 抑えて旦那に「家電を返してないよね、連絡しないといけないんだけど」と言ったら超怒鳴られましたよ、びっくりポン過ぎる展開に固まりましたよ。


後に彼が言ったことには「あの時、ため息ついたよね、それから黙ったよね。おれはあれが我慢できなかった」らしい。


そこから更に深い沼に落とされましたね、私はヤツの前ではため息もつけないのか、黙ることすら許されないのか、と。


鬱で休職していたわけですから、私も息子もずっとそれとなく気をつかっていました。

腫れものに触るようでは却ってよくないから普段に近い空気感で、でもしっかり彼の様子をみて彼が家の中では楽でいられるように色んなさじ加減を考えて。


それでも理不尽に息子に暴力を振るった時があって、私にも酷い言動を何回か浴びせたこともあって、病気だからとは思いつつやりきれなくて吐きそうな日もありました。


それでも再出発を、と願っていたのです。


まあ、一言で言えば最悪の再出発でしたよね(^◇^;)


だから去年の今頃から7月ぐらいまで、私の精神状態は最悪でした。

逃げたい、一人になりたい、全てのしがらみから解放されて自分だけのことを考えて生きていきたい。


でもできない。


高校に入学したばかりの息子がいるし、旦那はまだ病気だし。


福岡に戻りたい、でもできない。


引越し前夜に泊まった姉宅で、実は父にも理不尽な理由で怒鳴られていたし(思えばあの頃からゆっくりと父も再発していたんだろうなぁ、老人性精神疾患…)、私が穏やかに暮らせる場所はどこにあるんだろう?と情けなくなって、だんだん声が出にくくなってきて誰にも会いたくない日が続いて。


あ、レンタル家電はギリギリセーフで外に出せたので(隣の方も使う共用スペースだからギリギリアウトとも言えますね、その節は誠に失礼いたしました!)荷物の搬入はなんとかなりました^^;

なんとかなるもんですね、大概のことは。

今だから言えることですけど。


連日、荷ほどきしながら体調は悪くなる一方、なのに病院にすら行きたくないヒキコモリ中年コスミ。

友人から電話が来たら無理に明るい声を出して、その後さらに声が出にくくなって。

わかりやすいですね〜、メンタルやられまくりなのに弱音吐かないってどんだけMよ?


まあ弱音は、ちょっと吐いたんですけど。

ただその状態をうち明けても楽になるどころかどんどん沼に潜り込むようでしたから、それすらやめてヒキコモリやってましたね、数ヶ月。

息子の前で二回泣いちゃったかな、申し訳なかったな。

ま、親といえども悩めるちっぽけな人間なんだとそろそろ分かってもいい年頃、ということにします^^;


で、ある日どうにも耐え切れなくなり旦那に切り出したんですよ。


「もうつらい。福岡に帰りたい。」って。


本音は「一人になりたい、どこでもいいからここじゃない場所で暮らしたい」だったのに、そんな時まで無意識にうっすら気を遣ってました^^;  


そうしたら。


あろうことかこう返された。


「じゃあ、二人で帰ろうか」


はああ⁉︎


二人て誰?

貴方と私⁉︎

息子は?

てゆうか何故二人という発想に⁇

(すべて私の心の声)


多分、この会話で私は開き直ったんだろうなと思います。


私がこれだけ悩んで、旦那との離婚やその先の生活を考えていても、旦那には一ミクロンも私と別れる気持ちはない、息子と離れることはあっても私とは一生一緒にやっていくつもりなんだなと、そして私が離婚を考えたことなんて想像すらしていないんだ、と。


悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、疑いを知らない様子というのか…最終的な心の声は「ダ〜メだ、コリャ〜!」でしたね。


この救い難い人間は、全然分かってない。

でも真っ直ぐである。

愚直とは、つまりこういうことか。


そう思ったらチカラが抜けました。

チカラが抜けても体調は回復しませんでしたけどね、この辺りから真剣に「自分を労わる」必要を感じて行動開始。


考えてみれば数年間、うちでも外でも気を遣い続けて、大きな引越しを二回重ね、社会復帰したりPTA活動したり、両親と夫の精神疾患に振り回されて右往左往。

神経だって擦り切れるっちゅうもんです。


5月、6月、7月と、擦り切れた心身をトリートメントする出会いを果たしていくわけですが、それはまた別のお話。


て、ミタニンのドラマか!←セルフ突っ込み

、笑


その話はまあ次回にします。


今日は、写真のご説明で締めましょう。

これはうちから徒歩20分で行ける船橋大神宮であります。

こんな素敵な神社が近くにあるなんて、なかなかどうして良い環境、良い住まいじゃないですか\(^o^)/


もう何枚かUPしちゃいましょう!

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お正月は人が多くてゆっくりお参りできなかったんですが、麗らかな春分の日にのんびりと参拝できました。

良い気をたくさん吸い込んで、自分も良い気を出せるように。


有り難や、有り難や!